自分を愛するということ

2015年8月20日

 自分を愛すること。それは、自分をありのままに受け入れること。自分の人生のすべてを、ありのまま受け入れること。幸せを感じた時もあれば、不幸せを感じた時もある。誰かに守られていると感じる時もあれば、世の不条理を感じる時もある。いや、不条理はいつも感じている。何かを喪った自分の人生、そして何かを得た人生。それらすべてを飲み込んで、自分の人生を受け入れる。どんな自分であっても、その自分を受け止めよう。かつて、どんな悪人でも救われると説いた人がいた。世のすべての人の罪を自分が背負って命を捧げた人がいた。彼らのメッセージは、「ありのままのあなたでいい。あなたはすでに愛されている。赦されている。そのことに気づいてほしい。」誰に遠慮なんかいるものか、自分をもっと愛していいんだよ。

あの人と一緒に生きていこう

2015年7月15日

お久しぶりです。

折角、コラムの欄を作ってもらったのにずっと更新するのをサボっておりました。気の利いたことを書かなければ、と言うより、自分は気の利いたことが書けるという誤った思い込みから、いつの間にか筆が遠のいておりました。
グリーフについて思うところを、あまり気負わず、書かせて頂こうと決めました。
というわけで、1年4ヶ月振りにコラムを更新いたします。

グリーフとは、深い悲しみ、特にあなたにとって大切な人の死を経験した時の辛い悲しみ。グリーフケアでは、どんな慰みの言葉も要らない。無用だ。そこにあるのは、大切な人の死。その人は、何が起こっても、どんな天変地異があっても、決して戻ってはこない。その圧倒的な事実の前に、我々は、ただ、そこにいることしかできない。
しかし、人間には、その悲しみを抱えて生きていく力がある。そんな力があるなんて、死別の直後には思いもよらなかった。しかし、あなたと亡くなった人の関係が続いていることを実感した時、あなたはその悲しみを大切な心の支えに変えていく。声を発することをやめ、息をすることもないあの人との関係は、決して切れてしまったのではない。今も続いている。五感では感じることができないあの人を、ふとした瞬間に感ずる。いつも見守っていてくれているあの人。あの人と一緒に生きて行こう。

一期一会

2014年3月19日

今日のわかちあいで、皆さんとおめにかかれて、この場所で時間を共有できた事は、とても貴重な事だと思っています。わかちあいの会では、予約を取った上で、いつも決まったメンバーでのグループ療法をしている訳では有りません。今日ここに集まったメンバーは、たまたま、今日、わかちあいに行きたいな、あるいは、行かなければというお気持ちで集まられた偶然一緒になった方々です。たまたま一緒になったメンバーが、お互いのお話を聴きながらご自分のお話しをされました。おそらく、今日と同じお話しをされようと思っても、聴いてくれる人が異なるメンバーだと、又、若干でも違ったお話しになったのではないかと思います。今日お話しされたことは、一生のうちで今日しかお話しできないお話し、つまり、今日しか聴けないお話しだったと思います。それぞれの方が、そのように、今日しかお話しできない事、今日このメンバーだからお話しできた事を語って頂いた今日この時間は、本当に貴重な時間だったと思います。それぞれの方が、ご自分も含めて皆さんの語りによって、ご自分で気づかれた事がいろいろ有るのではないかと思います。その気づきは、明日からのあなたの命を支えてくれる様なものであるかもしれません。ちょっとした引っ掛かりが少し気にならなくなる程度のものかも知れません。でも、そういう気づきは、今日まで、生きていてもしょうがないと思っておられた人生の道しるべになってくれると思います。

一期一会が生きる糧になる。わかちあいの会は、そのような場所です。毎月行っておりますので、是非、次回も、その次も、いらして下さい。お待ちしております。


答えはあなたの中にある

2013年12月22日

あなたは、何か答えを求めている。変わってしまった世界をどうやって生きていけば良いのか?あなたは、大切なあの人を亡くした時から、答えを無くしてしまった。

元々、何のために生きているのかなど、考えた事も無かった。いつもの日常生活で、毎日の茶飯事をこなすのに精一杯であった。何のために生きるのか、など、考えなくても良かった。
しかし、あなたは、今その答えを探している。あなたは、大切なあの人を失い、当たり前だと思っていた世界が、全く違う世界になってしまったと感じている。何故、私がこんな不幸を背負っているのか?今まで、何の不安も無く生きて来たのに、何故、こんなに孤独感を抱え、不安を覚え、後悔や怒りさえも感じているのか?何故、私を一人置いて行ってしまったのか?私は何故、生き残っているのか?何のために生きていけば良いのか?


あなたの求めている答えはどこに有るのでしょう。同じ様な環境の人の中で、自分の思いをぶちまければ、何か答えが得られるのでしょうか?同じ様に大切な方を亡くしたひとのお話しの中には、悲しみが有ったり、寂しさがあったり、自責の念が有ったり、どこにもぶつけようの無い怒りが有ったり、いろいろな感情が有ります。時には、死んでくれて良かったという様な、人には中々言えない複雑な気持ちも語られます。その中に、あなたの探している答えは有りますか?答えは有るかもしれないし、無いかもしれない。死別からの時間が長い方、短い方。亡くなった人ととても仲が良かった人、仲があまり良くなかった人。いろいろなお話しの中に、あなたが追い求めている答えの参考になる事が見つかるかもしれません。


本当の答えはどこに有るのでしょうか?それは、おそらく、あなたの中に有ります。崩れて落ちたあなたの世界の瓦礫の中に埋もれているでしょう。意外と、ちょっと振り返った所に、答えの方があなたを待っているかもしれません。わかちあいの会で、いろいろな体験をして、いろいろな気持ちや考えを持った人とお話ししてみると、あなたの中の答えが見えてくるかもしれません。


ときぐすり

2013年8月8日

あなたは訊いた。「時薬ってあるんでしょうか?時が過ぎれば、忘れられるって本当ですか?」あなたの声は震えているように聞こえた。

しばらく、電話の向こうとこちらで、無言の時間が流れた。「忘れられないですよね…」と返した。

「忘れられるわけがないじゃないか!」「大切な人を亡くしても、時が来れば、その悲しみを忘れられる?」「そんなわけがないじゃないか!」私は、心の中で、立て続けにそう叫んだが、声には出せなかった。電話の向こうであなたは泣いていた。

なぜ、世間では、安易に悲しみを忘れさせようとするのだろう?大切な人が亡くなって、もう決して戻ってはこないという現実を前にして、忘れる?何を?死を忘れたいのは世間様の方で、あなたじゃない。自分の身体の中に大きな穴が開いたかのような喪失。大きな穴は、決して塞がらない。時薬っていうけど、時間は止まっているのだ。時間が止まっているのに、悲しみを忘れてしまう時が来るわけがない。

ただ、あなたは生きている。あなたの心臓は拍動を続けている。あなたの大切な人は、残念ながらこの世にもういない。あなたに起こったこと、すなわち、あの時はもう二度と戻らない。なぜ、時間が戻らないのか?なぜ、あなたは生き続けているのか?その答えはおそらく、時間が決して止まることがなく流れているからだ。

時間はどうやっても止めることができない。今のあなたと、1秒後のあなたは、全く同じではない。あなたの身体の中で、心臓が動き、血液が流れ、呼吸が行われ、酸素が消費され、二酸化炭素が排出されている。脳にいろいろな情報が入り、それが処理されている。心も動いている。そう、心も動いている。「なぜ、死んでしまったの?」「なぜ、会えないの?」「なぜ、こんな辛い目に遭うの?」
「会いたい、もう一度。」「あなたの所へ行きたい・・・」
あなたとあなたの大切な人が一緒に過ごした時は止まってしまった。大切な人の死が、時を止めてしまった。しかし、時間は流れている。どんなに悲しくても、どんなに辛くても、時間の流れは止まらない。やがて、時間の流れと共に、あの人からの呼びかけが聴こえてくる。あの人は、何かを語りかけている。「会いたい。」「ごめん。」「悲しい思いをさせちゃったね。」そこに、二人の時間が、また、流れ始めている。断絶したと思った二人の関係が続いていた。悲しい。悲しみは消えてなくならない。悲しみを消してくれる薬なんてなかった。ただ、大切な人との新たな時間が、流れていた。


つながりを信じて〜代表メッセージ

2013年7月29日

2006年の6月に自殺対策基本法が施行され、全国各地で自死により亡くなる人を減らすための活動が、行政、民間を問わず行なわれています。昨年度はようやくその数が3万人を割り込みました。しかし、その数が減ったとは言え、それで良かったと言って良いとは思えません。何故なら、未だに3万人近い人々が、自死で亡くなっている現状は変わっていないからです。

自死は、その人が勝手に選んだ事で、周りは大変迷惑だ、と思っておられる方が、非常に多くいらっしゃいます。自死は、本当に自ら死を選択した結果なのでしょうか?死の他に選択肢は有ったのでしょうか?いろいろな自死が有るので、一概には言えないと思いますが、かなり多くの人は、追いつめられて追いつめられて追いつめられた先に、死という選択肢しか見えなくなって死に至ってしまっているのではないでしょうか?

滑川明男:
NPO法人仙台グリーフケア研究会理事長/仙台市立病院循環器内科医長