〜 つながりを信じて 〜

2006年の6月に自殺対策基本法が施行され、全国各地で自死により亡くなる人を減らすための活動が、行政、民間を問わず行なわれています。昨年度はようやくその数が3万人を割り込みました。しかし、その数が減ったとは言え、それで良かったと言って良いとは思えません。何故なら、未だに3万人近い人々が、自死で亡くなっている現状は変わっていないからです。

自死は、その人が勝手に選んだ事で、周りは大変迷惑だ、と思っておられる方が、非常に多くいらっしゃいます。自死は、本当に自ら死を選択した結果なのでしょうか?死の他に選択肢は有ったのでしょうか?いろいろな自死が有るので、一概には言えないと思いますが、かなり多くの人は、追いつめられて追いつめられて追いつめられた先に、死という選択肢しか見えなくなって死に至ってしまっているのではないでしょうか?

周りから見れば、いくらでも生きるための選択肢が有るように見えても、その人は、他の選択肢が見えていなかった。見ようとしていたんだけれども、本当は生きたかったんだけれども、死という選択肢しか見えなかった。そういう精神状態に追い込まれての死が自死であると思います。その人は、ぎりぎりまで生きたかった。ぎりぎりまで生きた。

自死という死に方で、その人が弱い人だとか、自らを死に至らしめた犯罪者だとか、その人の人生を否定してしまう様な評価がなされる事が有ります。それ故に、遺された人は、自分の大切な人が自死で亡くなった事を、言葉に出して言えなくなってしまいます。しかし、その人は、ぎりぎりまで生きたんです。その過去は、決して消えません。消す必要は無いのです。

仙台グリーフケア研究会が2006年9月に自死遺族のわかちあいの会を立ち上げてから、7年目になりました。その間に、多くの自死遺族の方とお目にかかりました。我々は、ご遺族の方々のお話しを伺うたびに、愛する人の存在をあらためて目の当たりにしてきました。

愛する人は、この世にはもういないかもしれないけれど、そのご遺族の中に生き続けている。錯覚?いや、錯覚では有りません。その人の事を語る言葉は、涙のレンズを通して、その人を映し出します。

我々は、2009年から、自死以外の原因で亡くなった方々のご遺族が参加できるわかちあいの会を行なってきました。2010年12月からは、大切な人を亡くした子供のグリーフサポートプログラム(ワンデイプログラム)を初めました。ワンデイプログラムはあしなが育英会と合同で行ないました。

翌2011年3月11日。我々は運命の日を迎えました。東日本大震災は、ものすごい衝撃を与えました。多くの悲劇が有りました。死別の悲しみは、東北地方を包み込み、身動きができなくなってしまいました。しかし、逆に、今振り返ってみると、多くの悲しみが生まれたけれど、それ以前にだって、多くの人が亡くなって、皆、悲しみを経験して来たのが人類の歴史です。そして、これからも、必ず人は死を迎え、遺されたものは、悲しみに打ちひしがれる。

納得出来ない死。語れない死。死別の仕方、それまでの人間関係、亡くなってから遺されたもの同士の人間関係、いろいろな事が有って、死の受容は様々になる。全く、同一の悲しみは無いと言っていい。死別の悲嘆は、個別的です。しかし、そのような死を体験したもの同士が一緒に語り合う事で、多くの人が救われています。

我々の行なっているわかちあいの会だけでなく、他にもいろいろなグループが分かち合いの会をされていて、その中で語り合う事で、死別の悲嘆を分かち合い、生きる意味を見いだしています。

仙台グリーフケア研究会では、このような経過の中で、亡くなった原因を問わず、死別を体験された人々が集まって、自らを語り、他の人のお話しを聴いて、大切なあの人がいなくなったこの世での人生を生きる意味を見いだして頂けたら良いなと思いながらわかちあいの会を続けています。なお、2013年4月より、子供のワンデイプログラムは、NPO法人子どもグリーフサポートステーションに移行しています。

人は、必ず死を迎えます。自らの命を新しい命に託して死んでいくのです。それは、とても悲しい事ですが、皆が体験する事で、いくら医学が進歩しようが、科学が発達しようが、変えられません。その悲しみと共に生きるために、皆でその悲しみをわかちあいませんか?あなたの悲しみは、必ず、他の方に生きる意味を見いだすための力になります。何故なら、その悲しみは、あなたの愛する人のお話しだからです。

我々は、『つながりを信じて』活動しています。わかちあいの会で、そのつながりを実感しています。

NPO法人 仙台グリーフケア研究会
理事長 滑川明男